おもしろゲーム将棋「王手将棋大全の男」裏話


あれは平成2年か3年の頃だったか。週刊将棋の王手将棋に関する記事で、間違った解説がありました。 確か図のような局面だったと思います。
実戦では図から先手が▲5三桂成と指して敗れたのですが、週刊将棋の解説では
「▲5三桂成が悪手で、かわりに▲8八同金と応じておけば、次に▲5三桂成の攻めが残って先手勝ち」
との趣旨でした。 しかし、▲8八同金と指しても、△6九角の「腹角」があるため、先手は勝てません。

(図は△8八角成まで)

つまり、図の局面は先手の必敗であり、先手勝ちとする解説は間違いです。 とは言え、間違いを指摘したところで訂正記事が出るわけではなく、普通なら指摘するだけ無駄でしょう。 しかし私には、自分が世界で5本の指にはいる王手将棋の研究家である、との自負がありました。
「この間違いに気づくのは世界でも私1人だけだろう。だったら、私がやらねば。」
と考え直し、週刊将棋の編集者の方々へ、葉書一本だけ送って間違いを指摘しました。 そして、王手将棋について詳しく知りたければ「王手将棋大全」を読むことをおすすめします、と尚書きしておきました。

数ヶ月もたったころのことでしょうか。湯川博士さんから私に葉書が届きました。 近々ゲーム将棋の本を出版する。王手将棋に関して取材したい。王手将棋大全を提供してくれないか。 そんな用件が書かれていたと思います。
こうして、平成3年の7月頃だったか、私は将棋会館で、湯川博士さんから取材を受けることになったのです。

取材の概要を再現、と言っても20年前のことなので記憶がかなり曖昧です。 確かこんな感じだったかな、ということを書きます。
湯川氏との待ち合わせ場所は、将棋会館地階の週刊将棋の作業部屋でした。 そこに行ってみると「レストラン『歩』(あゆみ)にいるので来て下さい」との張り紙がドアにありました。 歩の店内にはいると、ああ、いましたね、1人の男性客が。 写真で見覚えのある顔がラフな格好でラーメンを食べながら
「王手将棋大全」をテーブルに拡げてます。湯川氏の名刺をもらって、早速取材が始まりました。
以下は会話の抜粋です。湯川氏のことは「湯)」私のことは「松)」と書きます。

湯)王手将棋を始めたきっかけは何ですか。
松)私が中学生のときに、将棋世界に「王手将棋と私」という投稿があったんです。それを読んで、王手将棋を知りました。 そのときはそれだけだったんですが。その後、高校生になってから始めました。
湯)ここまでのめりこんだのはなぜですか。
松)将棋と違って、調べるとはっきり結論が出るのがいいですね。知的好奇心を刺激されました。
湯)なるほど、知的好奇心か。いい言葉だな(とメモする湯川氏)。
湯)・・・プロ棋士と指しても勝てる自信はありますか。
松)あります。谷川浩司プロと先手後手交互に100局指したら、多分私が60勝40敗ぐらいだと思います。 谷川プロが王手将棋に慣れれば、そこからは互角(先手を持った側が必勝)になるでしょうが、 そこに行くまでの数十局の間に、私がかなり勝ち越すはずですから。

その後、週刊将棋の作業部屋に場所を移して、将棋盤をはさんで湯川氏に定跡指導をしました。 湯川氏先手で▲2六歩。対して私が△3四歩と指すと、湯川氏はつい▲2五歩と指してしまいます。 そこで私が湯川氏を制して「いや、そこは▲6八金です。」と直すことが数回ありました。
取材は数時間で終わり。将棋会館近くの居酒屋で、少し早い食事を湯川氏にごちそうになりました。
そのときは、王手将棋以外の話をしています。

松)「秘伝大道棋」っていい本ですね。結構売れたんじゃないですか。
湯)売れました。何度も増刷してます。
湯)タイトルは「大道棋」でよかったですかね。「大道詰将棋」にしないとわかりにくいかとも思ったんだけど。
松)あれでよかったと思いますよ。十分わかりますから。

他に印象に残っている湯川氏の言葉は、次のようなものです。
湯)いろんな人を見てて思うんだけど、自分のことしか考えてない奴は、結局は落ちぶれていくね。 人のためなることしてる人は、やっぱり伸びて行きますよ。 あなたはこれだけのことをしてるから、伸びて行くと思う。

取材の数ヶ月後の平成3年10月8日に、毎コミ出版部から「おもしろゲーム将棋」が贈られてきました。 読むと、コラム「王手将棋大全の男」には「王手将棋と私」を将棋世界誌に投稿したのが私であるかのように 書かれているではありませんか。これは湯川氏の勘違いです。私は早速湯川氏に電話し、
「『おもしろゲーム将棋』の改訂版を出すときに、間違いを訂正しておいて下さい。」と頼んだのですが。 結局、改訂版を出すどころか「絶版」になってしまいましたね。
だから、ここに書いてあることが「王手将棋大全の男・20年目の真実」ということになります。

(平成24年6月19日追記)

平成24年4月に実家で手紙の整理をしていたところ、取材後に湯川氏から送られてきた手紙が見つかりましたので紹介します。
封筒の消印は91年(平成3年)8月19日、渋谷となっています。時期的には「おもしろゲーム将棋」発売の2ヶ月ぐらい前のことです。 冒頭の挨拶の後、「変則将棋の本を書きはじめていて、その中で王手将棋大全を引用する」旨の記載があります。 続けて、次のような質問が記載されています。
「・・・さて、大全の中でひとつ分かりません個所がありました。 p92端角その3。第36図(注釈、下の図)から▲5三桂不成とありますが、 どうして成はいけないのかがちょっと分かりませんでした。このほか、随所に歩不成,角不成があります。
まことにお忙しいとは思いますが、ご教示いただきたくお願いします。」

(下の図は△6四角まで)


王手将棋大全の手順で成らずが多いのはなぜか。・・・・・・深い理由はありません。私の趣味でそうしているのです。 成らなくてもよいときには成らない。これは私の主義であり、詰め将棋の回答を投稿する際にも徹底しています。 王手将棋大全の改訂版(平成7年発行)でも、その姿勢を徹底しました。
湯川氏に対して、私が手紙で回答したか、電話で回答したかまでは覚えていませんが
「自分の趣味でそうしています。」という意味の説明をしたはずです。
その後発行された「おもしろゲーム将棋」では、王手将棋大全の「成らず」手順がそのまま踏襲されました。

(平成25年2月10日追記)

将棋会館地階で王手将棋の説明が終わった後だったか、その後の食事の時だったかは忘れましたが、 湯川さんから、次の趣旨の頼みがありました。
「これまで週刊将棋で紹介したもの以外で、特殊ルールの将棋を知っていたら教えて下さい。」
それで私は、まだ湯川さんが知らないだろうと思い、インベーダー将棋を紹介しました。 私は、この将棋の開発者が誰かは知りませんが、 学生時代に確か 「明治大学で流行っている」と教えてもらい、何度か指した記憶があります。

それから、トランプ将棋ではAから9までのカードを使うルールですが
「 私が自分の大学(慶応義塾)の将棋部で指す場合は違います」と教えました。
私が指す場合には、10や絵札など、全てのカードを使って指すのです(ジョーカーも使用可です)。 全てのカードを使うルールだと、指す前にカードを選別するという面倒がありません。 それに、絵札などを除外するなら、わざわざプレイングカードを使う意味が無い。 そんな発想から、私は全てのカードを使うことにしたのです。
その場合、カードには次の働きを持たせます。
10・・・・・・・・自由に指してよい(十と自由とをかけたわけではありませんが)。
絵札・・・・・・1手パス。
ジョーカー・・手元に残しておき、次の1枚を引く。後で絵札を引いてしまったとき、ジョーカーを手放せばカードを引き直せる。
絵札を引くと1手パスというルールでトランプ将棋を指すと、 緊迫した局面でもパスが多発するので、勝負が白熱すること請け合いです。

(平成29年8月25日追記)

トランプ将棋について。ここ数週間、息子がトランプ将棋を指そうというので指しています。 何度かやった後に、次のようなルールで落ち着きました。
10とジョーカー・・自由
J・・・・・・・・1~3筋に着手
Q・・・・・・・・4~6筋に着手
K・・・・・・・・7~9筋に着手
大体4回に1回の割合で指したい手を指せるので、運の要素が小さくなります。

おわり

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